みんなノッてるかい?

脳内垂れ流しブロガー ななこです。

 

3000文字チャレンジは基本文字のみで3000文字以上、テーマにそって好き勝手書くという企画です。

 

以前「7」というテーマで思いついたネタがあったのですが、どうにもこうにも3000文字に到達せず、どれだけ絞っても後に文章が出てこなかったのでお蔵入りさせてしまいました。

 

ただ、これを思い出したのに日の目を見ずに終わるのはもったいない!ということで、文字数無視することにしました。

 

というわけで、3000文字チャレンジ、3000文字に到達しなかったけど書きます。

 

学生時代、私はスーパーでバイトしていました。

 

スーパーって行ってみたらなんとなくわかると思いますが、売り場で担当が異なるので、野菜なら野菜、肉なら肉といったように働く場所が固定されています。

 

そこで私が働いていた担当ですが、売り場面積がおそらく一番広い「グロッサリー」です。

 

グロッサリーって聞くとなんのこっちゃになりますが、日用品から食品まで、いろんな商品を扱っています。

 

扱っている商品の場所もすべて把握しているので、欲しいものが見つからないときにお客さんから聞かれたら、すぐにそこまで連れていくなんてこともしばしはあります。

 

ここで、とあるエピソードを。

 

社員のAさんがお客さんから、「ピータンありますか?」と聞かれたんですが、真顔ですたすたとお客さんを連れていったところはお菓子売り場。

 

こちらですと手を添えて紹介したのは、なんとハッピーターンでした。

 

この話はアルバイトみんなの伝説になりました。

 

(ピータンは売ってたけど、お菓子売り場にはありません)

 

さて、そんなグロッサリーですが、時々在庫品の賞味期限や季節による商品入れ替えというのがあります。

 

そんなときは、バックヤードで値札を個別にプリントし、それを張り付けていきます。

 

場合によっては商品登録から値段変更して、ラベラーを使って値札を張ることも。

 

上二つの違いですが、バーコードそのものをシールにプリントするか、バーコードは変えずに登録情報そのものを変えて価格だけラベルにするかの違いです。

 

値下げされて売られる商品たち。

 

そして、この作業は中では「処分」と呼ばれていました。

 

時々行われる「処分」。

 

バックヤードで時々まとめて作業するので、陳列がないときなどは、ラベラーを使えることもあって、わいわいやってました。

 

その作業を面白くしたかったのか、何か閃いたのか社員のBさんが歌い始めたのです。

 

「今日は処分やるから~、楽しくやらないと」

 

「処分~、処分~、処分~、処分~」

 

「処分!処分!処分!」

「処分!処分!処分!」

 

「しょーぶんのときがー、やーあっーてきたー」

 

「加工のー処分!」

「菓子のー処分!」

 

「処分!処分!処分!」

 

はい、ウルトラセブンの歌に合わせて、処分の歌。

 

歌はこの先はありませんでした。

 

ただ思い付いただけらしいです。

 

でも、この歌のおかげで処分をやるときは頭の中でこの歌が流れてましたね。

 

やや単調でも、楽しく作業。

 

今思い出しても楽しいです。

 

文字数足りないですが、お付き合いいただきましてありがとうございました。

 

 

あれだけがんばったのに私の苦労はなんだったのか

脳内垂れ流しブロガー ななこです。

 

今回の3000文字は、10歳の頃です。

 

 

自分の10歳のころなんて、はるか昔?でもあり、記憶こそはしているものの、普通の小学生。

エピソードは100倍に薄めたアメリカンコーヒーか、麦茶風味の水くらいの内容です。(笑)

 

そこで、今回は私ではなく、長男の10歳の頃をテーマにまとめます。

 

長男の仕様

生年:酉年(この記事時点で13歳)

身長:私と同じくらい

体重:私と同じくらい

足のサイズ:25センチ

性格:内弁慶。外ではわりと臆病

 

さいころから、周りの環境に敏感で親から離れないタイプでした。

それは赤ちゃんのときから顕著で、外出している間は絶対にうんちしないくらい。

実はこれが3歳くらいまで続いていて、義実家に長男だけお泊まりさせたところ、やたらもじもじするものの、うんちをがまんしてもじもじしていたと義母から聞きました。

 

そんな長男なので、何をやるにしても自分からやることはなく、言われてやるタイプ。

 

むしろ怒られることを恐れるので、宿題は前日には終わらせるし、持ち物を忘れることも数少なかったです。

 

困ることと言えば、自分でなんとかするのではなく誰かやってくれると思っている節もあるので、当日の朝に、「今日、空のペットボトルがいるからちょうだい」と、忙しいのに平気で言ってくることも。

 

家族以外の人だけでの宿泊経験

そんな長男ですが、小学2年生の秋から野球を始めました。

 

土日実施で、だいたい半日程度。

 

毎回参加して、本人なりに楽しんでいたようです。

 

実は毎年夏には、スポ少あるあるの合宿があります。

 

この合宿、2年生までは保護者同伴なのですが、3年生以降は同伴の必要がなく、義実家にも一人でお泊まりしていたので、せっかくだから参加させようと申し込みました。

 

夏合宿に必要なものを一式揃え、帰りの荷造りができるよう説明し、私としては準備万端で送り出したのですが。

 

合宿当日の朝、出発式が行われます。

バスを見送らないと不安だったので、荷物を持っていき、私も出発式に参加しました。

 

これから何をするか長男はあまり理解していなかったようでした。

なんとなくみんなでユニフォーム来て集まってて、何が始まるのかなくらい。

 

そしていよいよバスに乗るときに、長男の不安がだんだんはっきりしてきたようです。

 

チームメイトがぞろぞろとバスに乗り込んで、長男も同じ3年生の列にならんでそのまま歩いていき、バスへ。

「え、なんでバスに乗っているの?」みたいな顔をしています。

 

座席が決まっているかどうかはわかりませんが、バスに乗った長男は窓の外を見るように、こちらを見下ろしています。

「お母さん、乗らないのかな。で、なんで今ここにいるの」というようなものすごい不安げな顔で。

 

多分あの時、このままバスが出発したら家族と離れてチームだけで過ごすんだろうというのが想像できていたのだと思います。

 

本当ならここで降りたい、けど、降りたらいけないから我慢しているように見えました。

 

それを見た私の感想は、「もしかして、あれだけ散々チームだけでお泊りして野球の練習するよっていう私の説明は全く分かっていなかったのか?」でした。

 前日までに必要なものを準備してリュックに詰めたんですけどね。

あれだけの大荷物があって2泊3日だって説明しているんですけどね。

チームメイトとスタッフだけで行くんだよって説明しているんですけどね。

 

そして、その不安げな顔をしたままバスは出発しました。

他の子は別の友達としゃべったり、見送りに手を振っているというのに。

不安げな顔のままの長男を乗せたバス。

出発して走り出しても、あの顔のままだったんでしょうね。

 

家族と離れて生活することが初めてな上に、自分で理解していなかったこともあり、合宿中は体調を崩していました。

夜に監督から連絡があり、難しいようなら迎えに来てもらうこともあるかもしれないと言われたのですが。

最終的には、ものすごくひどくなったのではないので参加させてもらいましたが、後から当時のDVDを見ると、朝食のときに「一人じゃいやだよー」みたいな不安げな顔でテーブルについている姿がありました。

 

事前に説明しているんだし、置かれた環境を踏まえたらわかるものなのですが、なぜそこでまだ帰りたい思ってしまうのか。

 

 

そして4年生

3年生で参加した野球の合宿がイヤだったようで、さすがに次の年には強制できませんでした。

 

普通、合宿っていったら出るのが当たり前、実力強化大前提のイベントっていう感覚なんですけど、チームとしてはそこまで強制している感じでもないのと、無理強いして野球嫌いになるのもおかしいので、この時は申し込むのはやめました。

 

しかし、合宿は申し込まないで済んでも、逃れられないイベントがありました。

 

それが、学校の移動教室です。

 

一般的には5年生くらいからあるものだと思っていましたが、通っている学校は5年生のプレイベントとして4年生から実施していました。

 

移動教室の実施は夏休み中。

4年生から実施するんだっていうのを年間カレンダーで知っていたので、当然参加するものと思っていたのですが。

 

1学期に学校から移動教室のお知らせの手紙が来たのですが、実施概要に加え、参加するかしないかのアンケートがついていました。

 

学校行事だと思い込んでいたので、参加するかしないかのアンケートがついていたら、普通自由だと思いますよね?

 

去年の合宿のことを思い出して、きっと嫌がるだろうなと思いました。

念のため長男に参加するかしないかを聞いたら、「行きたくない」と。

でも、これ学校行事なんじゃないかな、本当は出たほうがいいんだよと言っても、やっぱり「行きたくない」と。

 

そうだよね。そう来るよね。ということで、「参加しない」に丸を付けて提出してもらいました。

 

そして後日。

担任の先生から電話がありました。

「移動教室に参加しないってなっていたんですけど、何か理由がありますか」と。

え?理由?だって参加可否が選択できるんでしょ?行かないって理由聞くの?って。

 

正直に、すべての経緯を話しました。

参加可否があるから、出ないこともできると思っていたこと。

一応学校行事だとは思うので、本人には基本は参加する前提だと伝えたこと。

去年合宿に行ったときに、家族と離れた経験がなく不安で体調を崩してしまい、今年は不参加なこと。

そのうえで、本人がどうしても行きたくないというので移動教室は参加しないことにしたこと。

 

先生は、「参加しない」を選んだのは他に旅行などの理由があるのかと思っていたそうで、特に予定がないのであれば学校行事のため参加してくださいということでした。

 

だったら、基本参加にしておいて、都合つかない人はご相談くださいって手紙に書いておいてほしかった。

 

ちなみに、参加しないっていう家庭はいなかったとのこと。

それもあって、余計に先生が疑問に思ったらしい。

 

とにかく、長男の性格が家族と離れて過ごすのが不安で、どれだけ楽しさを訴えても理解しないという話をしたところ、先生も移動教室に向けてのレクチャーをしっかりやるので大丈夫ですというので、参加することに。

 

 確かに班割りしたり係決めたり、予定確認したりするものね。

友達とだけで泊まるイベントなんて、私だったらわくわくしてたもの当時。

 

学校の中でも授業中に移動教室に関する活動をやっているから、きっとなんとかなると思っていたんだけど、長男の一度決めたら動かない性格は変わらないようで。

 

前日までに健康診断にはいってもらい、荷物の準備も一緒にやり、当日の朝。

私が出勤するよりも早くに集合するので、送ることができないからと長男だけ登校させようとしたのだが。

 

朝から行きたくなさそうで、時間近くになってもなかなか動かない。

楽しいから行っておいでと言っても、行こうとしない。

 

てかね、登校時間のすぐ後に私は出勤なんだけど、次男長女を保育園に連れていかないといけないから、長男と一緒に出るとか無理なわけ。

 

それやると、本当にぎりぎりになるからさっさと一人で行ってもらいたかったんだけどね。

リュック背負わせて、家から引っ張り出すようにしたんだけど、てこでも動かないし、家から出しても戻ってくるの繰り返しを登校前にしていて。

 

もう、汗だくよ。なんで朝からこんなに汗だくにならないといけないかというくらい。

そうこうしているうちに集合時間になってしまったので、仕方なく一緒に行くことにした。

 

次男長女も連れて。

 

朝からこれだけ疲れて出勤するとは思わなかった。

すでに出発式が始まっていて、恐らくうちが最後だったのだろう。

隣のクラスの先生がわざわざ迎えてくれて、列に並ばせてくれた。

 

そして、ここでもお決まりの、体調が悪かったらお迎えの話を経験することに。

 

実際に長男が所々で体調不良になっていたらしい。

おかげで夜も電話がかかってきて、その日の様子を教えてもらっていた。

結局2日目まで連絡をもらうも、ちょっとずつ様子見ということで終わってしまった。2日目の終わりのころは、それほどではないにしても、だいぶ回復していたということで。

 

こっちは職場で、もしも電話がかかってきたらお迎えどうしようなどとやきもきしていたんだけどね。

 

そして、3日目。

すでにこの時私は家にいたのだけど、ようやく長男が帰ってきたと思ったら、開口一番「もっとあっちにいたかった」って。

 

私のあの初日の朝の苦労はなんだったんだーーーーーーーーーーー!!!!!!!

 

---------------制作後記---------------

後記ってほどではないんですが、気が付いたら「ですます」で書いていたのが、「である」になってて。

こういう混ぜたのはダメと言われる典型なんですけどね。

なぜか混ざってしまいました。

こういうのアリ?

振り返ると言葉をなくしてしまう

脳内垂れ流しブロガー ななこです。

 

 

 

さくらですでにトリッキーな手法でただの趣味全開な記事を書きましたが、やーさん(@ohokamudumi )のブログで過去に好きだったものを思い出しまして、2回目を書きます。

 

これも結局趣味ですが、桜と春で思い出したのをきっかけに忘備録的にまとめました。


桜前線、真っ盛り~!」

 

1987年4月6日によみうりランドEASTで行われたC-C-Bコンサートツアー、TOUCH AND GOの最終日。

 

関口誠人が脱退する日のコンサートの幕は、リーダー渡辺英樹のその一言で始まったと記憶している。

 

かなり前のことであり、確か当時のラジオでも中身が一部放送されたので、恐らくは違わないとは思うけど。

 

始業式が始まる前のことで、行きたかったけど、チケットが取れずラジオの中身でしか知ることができなかった。

 

春の暖かい日に、恐らく桜も咲いてたと思う。

彼が一人いなくなる寂しさを吹き飛ばすために、「桜前線、真っ盛り~!」と華々しく始めたのかもしれない。

 

ラジオが放送されて、一人で聞きながら泣いていた。
別に解散したわけではないのに。
もう5人でやることはないのだと。
あのカラーではなくなるのだと。

 

ラジオを聴きながら、ずっと涙が止まらなかった。

 

そして、4人になってからようやく初めて本人たちをコンサートで見ることができた。


5人ではないC-C-B
1人抜けたことで、全く音楽の方向とか色とか雰囲気が変わったと思う。

 

それは寂しいことでもあったけど、応援する気持ちに変わりはなかった。

もちろん、ソロで活躍していた関口くんのことも動向は追っていたし、アルバムが出たら購入していた。

 

一人になっても元C-C-Bは変わらないから。

 

その後4人になってからも活動は変わることなく続き、私はようやくコンサートへ行くことができるようになった。

 

あの当時は抽選とかではなく、電話でチケットを取る方法だった。


いかに販売開始時間前にスタンバイしてダイヤルを回し、話中だったらリダイヤルを何度もしては、誰かの電話が切れる瞬間のチャンスを狙っていた。

 

そうして何とかチケットを獲得してはコンサートに足を運んでいたが、やがてそれも終わりを迎える。

 

今度は1989年10月。
これは本当の解散だった。


何でも解散を伝えたのはテレビだったらしいけど、どっちが先かはよくわからない。


私が聞いたのは、2daysコンサートの時。
1日目でその話が出たとかで、翌日確かラジオの放送を急に生にしてやってたような記憶をしている。

 

結局そのあとでコンサートに行くわけで、すでに同じMCを後から聞かされるのだけど。

 

いつかは解散するだろうというのと、ちらほら噂もあったのとで。


そこまでショックだったかというと、どうもよく覚えていない。


ただ、これから向かうコンサートで話される内容を事前に知ってしまうというのは、なんとなくつまらない印象もあった。

 

本人たちの壮大なネタバレなんだから。

 

解散コンサート。
本人たちが最もやりたかった武道館で。


通常のコンサートで使ったことがないのに、解散時に使うとは皮肉な話。

 

この時のコンサートも放送されたとも聞くのだけど、私は見ていない。
コンサートも行きたいと思ったけど、チケットを取ることすらしなかった。

 

確かちょうど試験期間中だったような気がしなくもない。

 

その後にビデオも発売されたようだけど、結局それも入手どころかレンタルすらしなかった。

 

本当は気になっていたのだけど。

 

ようやく最近になってyoutubeにアップされているのを見て、なんとなく当時の状況がどうだったか把握している。

 

彼らが解散して新しい音楽が発表されることもなくなった。

当時は本当に一筋だった。

もちろん、他の音楽も聞いていたけれど。


多分解散してから、他のアーティストを聞くのが加速したかもしれない。

 

それでもやっぱり原点は原点。
彼らを好きなことに変わりはなかった。

 

C-C-Bを聞きながらも、他のアーティストも聞いていたあの頃。

高校を卒業してからしばらくして、私の好きな英樹が表で活動し始めたことを知った。

 

まだ、当時はぴあという情報誌があったころ。
活動を再開したらしいという話が出て、毎週のようにライブハウスの情報をチェックしていた。


何度もチェックし続けて、ようやくライブハウス出演の情報があるのを知る。

あの時のチケットもまだぴあ経由だったような気がする。

 

しばらく見ていなかった英樹。
ずっと見たかった。

 

解散してからの活動は以前のような軽い感じの曲ではなかった。

バンドでやると、どうしてもそのバンドのイメージがあるから、いくら自分がやりたくても没になる曲もたくさんあるのだという。

 

むしろ、解散してからのほうが私は好きだった。

学生時代のときは、そうそう行けないにしても予定とお金が工面できたらライブハウスに足を運ぶようにしていた。

 

メジャーだった時代は大きなホールでものすごく遠くにしか見えない本人が、ライブハウスで目と鼻の先にいる。

 

あれほどうれしかったことはなかった。

 

華々しく活動していたときのほうが、商業的価値は高かっただろうし、曲もたくさんヒットしていたのに。

 

自分の好きな曲だけをやり、100人も入ればいっぱいになるスペースで、アマチュアバンドみたいな活動と変わらないのに、すぐ目の前にいることのほうが希少価値が高かった。

ある時は、ライブハウスの控室から出てきて観客席を抜けていった。


目の前を通り過ぎていったので、こんなに近くていいんだろうかと思ったこともある。


ライブハウスに足を運ぶのは社会人になってからも変わらなかった。

ただ、頻繁に行けたのは学生のときのほうだった。


社会人になってお金があっても時間が取れないなんてことはよくあった。
行きたいし行けるお金もあるけど、時間だけが合わないっていう。

 

そうこうしているうちに、インターネットが普及しはじめ、英樹も自分のサイトを管理者に任せながら情報発信するようになった。

 

この時はまだ限られた人しか見てないこともあり、本人の娘さんの写真とかPTAがどうのとかって日常の話も書いてくれていた。

 

いつの間にか解散してから10年が経って、情報入手が誰でもしやすくなったこともあり、再結成でテレビ番組に出たり、何かの企画でもテレビに出たりと露出することで、本人たちの活動も認知されることも多数。

 

そのおかげか、ライブの回数が増えたり、全国へライブに行ったりと気が付いたら、元のファンがまた戻ってきてくれているような状況になっていた。

 

私はその時には、もうライブに行くことがなかった。
よくある子供ができると好きなことができないパターンというやつ。

 

いや、行ってもよかったのかもしれない。
ただ、夜に何時間も子供を置いて出てしまうという状況をあまりやりたくなかったのだ。

 

全くやらなかったわけではない。
友達との付き合いもあるから、多少はそういう時間を持っていたけれども。
自分の趣味で夜に家を空けることができなかっただけで。

 

もちろん、マイナー活動中のCDは全部持っていたし、時々ネットで新しいのが販売されれば購入していたりもしたけど。

 

子供の手が離れてしまえば、また見に行ける。
その時見に行けばいいやと。

 

ライブハウスに行くことはできなくても、英樹の実家には行ってきた。
ファンの間では有名な、あの米屋に。


実は英樹の実家がある場所というのが、結婚後に購入した家から行ける範囲にあったから。

 

それでもすぐに行ったのではなく、子供を連れてのお出かけで食事するのに、近くまで行くのでそのついでに行ってみるという、なんとも動機が薄い理由。

引っ越してから何年か越しっていうのが、これまたやる気のなさが見えてしまう。

 

ライブにはいかず、日中行ったところで本人には会えないのはわかってても行ってしまうっていう、よくわからないことをしていたかもいしれない。

 

結局その後もまだライブには行かず、実家の米屋さんが年齢を理由に閉店することを知り、ぎりぎりになってもう1度子供を連れて行ってしまったけど。

 

米屋といっても米も売っているのだけれど、どちらかというとおにぎり屋さん。

 

前回訪問のときはおにぎりを買えなかったので、今度こそはと思い早めに家を出て、ようやくおにぎりを買うことができた。

 

それでもまだ私はライブに行っていなかった。
もう少し子供が大きくなってから行けばいいやと思っていたから。

 

そんな感じで日々過ぎていき、英樹のブログを時々読みながら、全国でやってるライブの数の多さに時代も変わったなと感じていた。

 

都内近郊だけでやっていたのが、まさかここまで広がるとは思っていなかったから。

いつか行けばいいや。

そう思っていた。ずっと。

活動が広がって、また何回でもチャンスがあるからと。

 

でも、それはもう二度とかなわない。

 

2015年6月にいきなり倒れ、そのまま救急搬送。


実はこの時点でC-C-Bでのライブツアーが始まる予定だったのだけど、それも中止。

 

このツアー、久しぶりに4人集まるからいける人いいな~なんて思っていたのだけど。

それでも手術が無事終了していつかまた回復してくれたらと願っていた。

別に今死んだわけじゃないって。

 

でも、奇跡は起きなかった。

その1か月後に鬼籍に入った。

追悼ライブもあったけど、やっぱり行けなかった。

結局その後、ライブ収録したDVDだけ購入した。

他にも倒れる前に発表されていた中国でのライブ映像も購入した。

 

発表されたときは買う予定がなかったが、ライブにすら行けてないのに見ることができなくなったらもっと後悔するだろうと。

 

追悼ライブのDVDは特典がついていて、ポストカードなどのセットと、英樹本人が過去に来ていた衣装の一部。

 

ご家族の方がやってくれたのか、スタッフが対応したのかはわからないが、どれほどの思いでこれをやってくれたのだろうか。

 

いつか行けばいいやなんて適当なことを言ってたら、もう映像でしか会うことができなくなっていた。

 

確か、あの時のライブでもう55歳だからと、「ゴーゴーヒデキ」とかってタイトルつけて何かやってたような気がする。

 

多分、60歳になったら「ヒデキ、還暦!」とかってやるんだろうなと想像はしていたけど。

 

それができなかった。

 

鬼籍に入った直後にwikipediaを見たら、年齢のところが「55歳没」となっていて、もうここでも時間を止められてしまったんだと。

 

ライブハウスに行っていたころ、こんな活動がずっと続いたら、60歳でもやってただろうなってずっと思っていたのに。

 

いつか行けばいいやでそのままにしていたら、置いて行かれたのは私のほうだった。

 

止まった時間軸の中で、ずっとそんなことを思っている。

猿渡一海と紅音也を演じたライダーの申し子武田航平のこと

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脳内垂れ流しブロガー ななこです。

 

 

今回の3000文字チャレンジは「さくら」なんですが、やってしまいました。

 

アイキャッチ入れた通りです。

 

桜、サクラ、佐倉、佐久良といろいろあるわけですが、相変わらず唱えた結果出てきたのが、「猿渡一海と紅音也を演じたライダーの申し子武田航平のこと」というタイトルで「さくら」 です。

 

というわけで、仮面ライダーの話にお付き合いください。

猿渡 一海のプロフィール

名前:猿渡 一海(さわたり かずみ)

年齢:29歳

誕生日:7月17日

血液型:AB型

出身地:北都

出演作品:仮面ライダービルド(2017~2018放送)

変身する仮面ライダー仮面ライダーグリス

セリフ:心火を燃やしてぶっ潰す!

 

猿渡一海エピソード

農村地帯の北都で「俺達の猿渡ファーム」を経営している、大地主。

29歳でまだ独身。

東都にいる地下アイドル「みーたん(美空)」の大ファン。とにかくみーたん大好きで、完全にドルオタ。

仮面ライダーグリスに変身し、変身のときに発するセリフが「心火を燃やしてぶっ潰す!」

 

なお、心火とは造語ではなく「火のように激しく燃え立つ、怒り・恨み・嫉妬(しっと)などの感情」という意味がある。

用例:「心火を燃やす」

 

というわけで、「心火を燃やしてぶっ潰す!」は辞書解釈で説明すると、「火のように激しく燃え立つ、怒り・恨み・嫉妬(しっと)などの感情を燃やして敵を潰す」という意味になりますね。

 

カズミン(猿渡一海のこと)は嫉妬というよりも、北都が壊滅的にやられてしまい、農場も借金経営で首が回らない状態のため、怒り8割恨み2割くらいのところで仮面ライダーをやっていると思われます。(ひどい表現していますが、実際には自分たちの生活を取り戻すことが中心で戦っています)

 

  

紅 音也のプロフィール

名前:紅 音也(くれない おとや)

年齢:23歳

誕生日:10月8日

出演作品:仮面ライダーキバ(2007~2008放送)

変身する仮面ライダー仮面ライダーイクサ(過去編) 

 

紅音也のエピソード

物語は現在と過去の並行ストーリーで、紅音也は過去編の主役。

バイオリンの名手であるが、適当な性格で女好き。

連れていた女性よりも自分の好みの女性がいると、さっさと捨てて他の女性を口説きにかかるくらいの気まぐれ。

毎晩豪遊するも、支払いは自分の演奏で踏み倒すなど周囲を振り回すことがある。

 

なお、仮面ライダーイクサに変身するときのセリフは特にないが、紅音也本人のセリフが名台詞として挙げられる。

「俺のために争うな。2人まとめて愛してやる」

「人の心は音楽を奏でている」

 

武田航平仮面ライダーの申し子となぜ言われるのか

これ、ニュースの見出しでよく見るんですよ。

「“平成仮面ライダーの申し子”武田航平」っていう見出し。

 

武田くんてエンターテイナー要素があるようでトークショーの時にも司会の間を縫うようにして、面白いツッコミ入れてくるんですけど。

最初に出演した仮面ライダーキバのときの演技力もいいですし、そのあとの仮面ライダービルドのときも、また違った役であったんですが、ここまで「申し子」って言われるものなのか?と。

 

検索するとニュースに「平成仮面ライダーの申し子」って枕詞のようについてくるので、もはや誰が言いだしたのかわからないんですが、もしかしたらどこかのタイミングで自分から言っている可能性が高いと思われます。

 

結構な情報量なので、ソースをたどることもできません。

ただ、彼の性格を考えたら、自分で言い放ったことがそのまま受け入れられ、それが一般化したとなってもおかしくないです。

 

 

仮面ライダービルドより「ヒゲとジャガイモ」

 

唐突に何だろうというタイトルですが。

仮面ライダービルドには、主に以下4人のライダーがいます。

 

仮面ライダービルド:桐生戦兎(天才物理学者)

仮面ライダークローズ:万丈龍我(元格闘家)

仮面ライダーグリス:猿渡一海(農場主)

仮面ライダーローグ:氷室幻徳(元東都首相政府補佐官)

 

この中で、猿渡一海(カズミン)と氷室幻徳(げんさん)ですが、もともと犬猿の仲です。

詳細は略しますが、犬猿の仲だったところをお互い仲間となることで徐々に打ち解けていきますが、そこはやはり元が元なだけに、時々仲の悪さが出てきます。

げんさんがカズミンに負い目を感じているので、げんさん自身は強いことは言えず、カズミンの言動のほうがきつい、そんな関係です。

 

 

なお、見出しにつけたヒゲとジャガイモですがヒゲはげんさんが1話目からずっとヒゲを生やしており、劇中でもカズミンが「ヒゲ」と呼んだこと、ジャガイモも同様にげんさんが「ヒゲ」と呼ばれたことに対して、その後カズミンを呼ぶときに「ジャガイモ」と呼んだところに由来します。

 

ということで、ここからはカズミンとげんさんの日常会話をお楽しみください。

 

カズミン:以下 か

げんさん:以下 げ

 

か「なぁ、ヒゲ。お前1話目から隣のホテルで朝までその仮面ライダーのことを語り明かそうかとかって紗羽さん誘ってただろ。あれ、日曜の朝から子供が見てるのに、何てセリフ言ってんだよ。」


げ「あれはな、俺ヒゲ生えてるだろ。だから大人の魅力を子供に伝えたくて言ったんだよ」


か「おめー、何言ってんだよ。そんな魅力、子供に伝わるわけねーだろ」

 

げ「あのな、子供だけじゃないだろ、テレビ見てるの。

子供のお母さん達も見てるんだぞ。

しかも俺の場合、衣装が軍服をイメージさせるだろ。

だから、こいつ悪役かもしれないなって1話目から思われちゃうわけ。

でもさ、それは悲しいからなるべくそうじゃないイメージにしたくてね。

大人も理解できる魅力的な俺を表現したかったわけ」


げ「それよりなぁ、ジャガイモ。

お前こそ、美空を直接見たときに、握手するのに5万ドルクって言われて、即行財布出してただろ。

お前こそ、あれなんだよ。だいたい北都でそんな大金持ってるやついるのかよ。」

 

か「あれね、5万ドルクも10万ドルクでもみーたんと握手できるんだったら、いくらでも出すよ。

だからあのときすぐに財布出したんだけどさ。

実は1000ドルク札が5枚だけだったんだよね」


げ「なんだよ。やっぱり持ってないんじゃんかよ。」


か「まぁ、北都はお金ないからね。実際に持ってないし」

 

か「でもさ、みーたんと握手できるんだったら、お金出す!って思って思わず財布出しちゃったんだよね。

あの時は結局握手できなかったけどさ」


か「それよりもさぁ、お前この前3人で変身するシーンあっただろ。

俺と万丈とお前と。

あの時の変身、お前なんだよ。あのぎこちない変身はw」


げ「あー、あのエボルを3人で倒そうとしたやつか。

あれね、監督がそうしろって言ったからああなったんだよ。

最近ローグの人気がすごくてお前かっこよすぎるから、ちょっとツッコミ入れられるような変身シーンにしろ!って」


か「なんだよ。そういうことかよ。」

 

か「しかし、かっこ悪いと言えば、お前の私服!それなんとかならないの?」

 

げ「これがかっこ悪いだと?最高オブ最高のパリコレもびっくりのセンスじゃないか」

 

か「パ、パリコレw」

 

か「いや、パリコレ超えるとかじゃないし。そのTシャツなんだよ!」

 

か「Tシャツに文字ってさ。しかも縦書きで”威風堂々”って。変な帽子被って短パンにビーサンだったよな、あの時」

 

か「その次はピンクTシャツに”親しみやすさ”って書いてあって。上に透明なコート着てさぁ。ドヤ顔でポーズ決めてただろ」

 

か「あの時、視聴者が何て言ってたか知ってる?」

 

げ「パリコレモデルかな~」

 

か「クソダサコーデおじさんだってw」

 

げ「おじさん?おじさんだと?この俺が?」

 

か「気にするの、そこかよ!クソダサコーデは無視かよ!」

 

げ「俺がおじさん」

 

か「そりゃ、そーだろ。メイン出演者の中でも20代じゃないの、ヒゲだけだろ」

 

げ「俺がおじさん」

 

か「事実なんだから仕方ないだろーが」

 

げ「そういうジャガイモだってもうすぐ30じゃねーか」

 

か「違う!俺はまだ29だ」

 

げ「まー、だいたい30だ。四捨五入したらな。万丈?」

 

万丈龍我(以下、ば)「ん、え?」

 

げ「だからー、29を四捨五入したら30だよな?」

 

ば「え!わかんない。」

 

か「万丈に聞いたってわかるわけないだろー。こいつ筋肉バカだから。

しかも、頭にエビフライ3本」

 

ば「エビフライって言うな!!これは編み込み!!」

 

か「どう見てもエビフライだろ」

 

ば「失礼だな。これ編んでるんだぞ、ちゃんと」

 

か「プロテインラーメンばっか食ってんのに、そんなに手先が器用だったのか?」

 

ば「ちげーよ。これは美空に編んでもらったの」

 

か「ちょ、なんだと。みーたんに?!みーたんに?!」

 

か「俺も編んでもらいたーい!!!」

 

滝川紗羽:(以下、さ)「美空ちゃんに編んでもらうなら、10万ドルクね!!」

 

か「え、10万ドルクでいいの?ちょっと待って!」

 

さ「本気で、お財布出してきちゃった」

 

げ「ジャガイモ、お前金なかったって言ってただろ。また財布出してきて何やってんだ」

 

桐生戦兎「おーい、みんな~。新しいのができたから、ちょっとこっち来てくれー」

 

結局、カズミンはみーたんに触れることができずに終わりました。

カズミンのお財布には本当はいくら入っているのかは謎です。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。

 

猿渡一海と紅音也、それぞれ違うタイプの役ですが、どちらも女性が好きっていうのを全面に出してくるところは揺るがず、これが武田航平たる所以ではないでしょうか。

 

また、紅音也の年齢に対し、猿渡一海の年齢が上がっているところにも、実年齢と重ね合わると歴史を感じますよね。

 

以上、猿渡一海と紅音也についてご紹介しました。

 

 ------------制作後記 ------------

タイトルに武田航平のことと入れておきながら、最後はヒゲジャガイモ劇場になり収拾できずに終わりました。(;´Д`)

ヒゲジャガイモ劇場は、勝手に彼らが脳内で動き出してしまい、こんな会話があったらいいなという妄想です。(笑)

 

出方がプロフィール2個並べたので、最後にまとめがほしいなと、「いかかでしたでしょうか」をやってしまいました。

その上に、ヒゲジャカイモ劇場なので、何にもまとまっておりません。

 

結局何の紹介だったんだろう。(;・∀・)

 

 

 

 



 

 

秘める禁断

脳内垂れ流しブロガー ななこです。

 

今回の3000文字チャレンジは、「私を熱くさせたもの」です。

 

 

 

 

 

~オール大阪東京のお笑い1本勝負~

 

オール大阪(以下大阪) 「どうも~、オール大阪東京でーす」

 

オール東京(以下東京)「みなさん、こんにちは~」

 

大阪「また呼ばれました!」

 

東京「出番あるのうれしいね~」

 

大阪「さて、今日の話は私を熱くさせたものということで、3000文字チャレンジマスターのこぼりさんからお題をいただきました!」

 

大阪「どうもこれで漫才を磨いてくださいと」

 

東京「あの、こぼりさんがですか!今度、ブログ講座をやるという。いや~、俺たちも有名になったな~」

 

大阪「喜んでる場合ちゃいまっせ!これはこぼりさんからの課題です。僕ら試されてるんですよ」

 

東京「試されてる?よっしゃ、ラッキー!」

 

大阪「そこで、シシレッドのセリフ入れるあたりが東京はんやな~」

 

東京「で、大阪くんは、何か熱くなったことある?」

 

大阪「いきなりネタ振りますな~」

 

大阪「えーとね、僕が熱くなるとしたら、風呂ですかね!あと時々サウナもええですね」

 

東京「いや、その熱いではないと思うんだけど」

 

大阪「あ、物理的に熱くなるわけではなく?」

 

東京「そう」

 

大阪「熱くなるっていえば、当時販売されてたソフトで花子っていうのがあるんですけど」

 

大阪「そのCMに内田有紀さんがてできて、いれたてのおちゃを入れた手のお茶って変換されてしまって。内田有紀さんが、湯飲みに手を入れてあちーっあちーってやってましてん」

 

大阪「でね、それは違うソフトだと入れた手のお茶になるところを花子だと一発変換できるっていうので売ってましたねん」

 

大阪「あのCMおもろかったな~」

 

東京「それって、結局また物理的に熱くなってるだけじゃん!!」

 

東京「そうじゃなくてね、こうこみ上げる何かというか。ヒートアップしちゃうというか。もっとこう、ううううーーーーーーんん!てなるやつないの?」

 

大阪「そうですね~。こみ上げる何か」

 

東京「そう、そう」

 

大阪「ないです!!」

 

東京「ない?!何にもないの?!」

 

大阪「ありません!!」

 

東京「えー!それじゃネタ終わっちゃうじゃないの」

 

大阪「あー、そうですね~。僕ではないんですけど、この前ちょっとななこさんから聞いた話がありましてん」

 

東京「ほう」

 

大阪「それちょっとお話してもいいですかね」

 

東京「おお、いいよ」

 

大阪「ちなみに、この話、ななこさんがね、ここの動画から転記して文字起こししてブログにあげるらしいんですが、ペナルティくらったらどうしようって悩んでた話です」

 

東京「そんなヤバイの?」

 

大阪「まー、実際転記してみてからのお楽しみじゃないですかね」

 

東京「実際やってみないとわからないと」

 

大阪「で、聞いた話なんですけど、この前ななこさんがせっかくTTFC入ったんだから、過去の仮面ライダー作品を見ようと悩んでたらしいんですけど」(※TTFC:東映特撮ファンクラブ)

 

大阪「どれ見るか決められないっていうんで、何を動機にしてみようかって考えたらしいんですね」

 

大阪「そんで、何見るかっていうので決めたのが仮面ライダー響鬼なんですけど、これにした理由っていうのがね、お尻なんです」

 

東京「お尻?お尻ってあの?」

 

大阪「そうです。siriじゃないですよ。尻」

 

東京「なんでお尻?」

 

大阪「それなんですよ。なんでお尻か」

 

大阪「何でも仮面ライダー響鬼で出てくるライダーで斬鬼っていう、松田賢二さんが演じるライダーがいるんですけど、終盤その斬鬼が敵にやられて倒れるんですね。その時役どころとしては実際に死んでしまうっていう設定なんですが、なんとこの倒れ方が斬新で」

 

東京「それは斬鬼ゆえに斬新?」

 

大阪「ちゃいます。このストーリーの中ではライダーが変身するときは、みんな自前の服が破けてスーツに変わるらしいんですけど、変身解除したときには制御してないと裸になるっていう設定なんですよ!」

 

東京「・・・」

 

大阪「で、このスーツは自分で制御してるから脱がないっていうこともできるんですね」

 

東京「ということは」

 

大阪「そうです。死んだら全部スーツがなくなるんで」

 

東京「もしかして、裸」

 

大阪「だから、さっき裸だっていったやないですか」

 

東京「で、尻は?どういう関係で」

 

大阪「それでですね、その倒れているシーンっていうのが河原でうつ伏せになって倒れているっていうんで、以前番組を見た知り合いから聞いたらしいんですよ」

 

大阪「斬鬼さんが河原でマッパで倒れててお尻丸出しだったって」

 

東京「大阪くん、これさここでしゃべっていい話?」

 

大阪「なんでですか」

 

東京「だって、まだ見てない人には、壮大なネタバレじゃん!」

 

大阪「まー、そうかもしれませんけど、でも全部ネタバレしたわけではないですし」

 

大阪「それに、もうあの番組10年以上前のやつですよ。今さらネタバレなんて」

 

大阪「でね、話戻しますよ。そのシーンを見たいがためにまず過去作品を最初に見ようと決めたのが仮面ライダー響鬼だったんですって、ななこさんから聞きました」

 

東京「すごい動機だな~。尻のために見たい番組決めたなんて」

 

大阪「これ、日曜の朝の子供向けの番組枠ですからね。当時の子供はびっくりしたでしょうね。大の大人が倒れててしかも裸っていう」

 

東京「それ、半分トラウマになりそう」

 

大阪「ななこさん、それを見たいからって、2週間くらいかけて全話見てたらしいですよ」

 

東京「で、そのななこさんが見たかったシーンは見れたわけ?」

 

大阪「もう残り3話くらいのところで、ようやく出てきたって言ってはった」

 

東京「そのシーン、俺も気になるな~」

 

大阪「で、問題のシーンなんですけど、ななこさんから感想聞いてましてね」

 

東京「どうだった?」

 

大阪「なんでも想像してたのが、岩のごつごつした河原だとばかり思ってたから、実際撮影したら体痛くなるんじゃないかって心配してたそうなんです。でも実際のシーンは砂みたいな河原で平らだったから、これなら撮影のときにも痛くなさそうだって」

 

大阪「あとね、顔が川の水面についているような感じだったけど、実際にはついてなくて、ギリギリのところで止めてあったから、水面は近いけど苦しくなさそうだったって」

 

東京「やけにリアルな感想だな~。そんなとこまで見てるの?」

 

大阪「見てるみたいですね~」

 

東京「鑑賞の仕方がえらい冷静だな。動機が尻っていうだけで見ている人なのに」

 

大阪「それでも、最初にあのシーン見たときには、慌てたみたいでしたけどね。なんか見ちゃいけないものを見てしまったみたいに」

 

東京「実際そういうのはあるんだろうね。興味あって見てみたけど、うわーってなっちゃうやつ!」

 

大阪「でも、結局そのシーンでいちばんよかったのは尻じゃなくてふくらはぎって言ってましたよ」

 

東京「ほんと、どこに目をつけているんだろう、あの人は」

 

大阪「ま、いいんじゃないですかね」

 

大阪「でね、この話、まだ後日談があるですよ」

 

東京「何、その後日談て」

 

大阪「仮面ライダーWって知ってます?」

 

東京「ああ、あの今は押しも押されぬ大人気俳優の菅田将暉が出てたっていうやつでしょ」

 

大阪「そうです。あのWもなんですけどね、これまた尻なんですよ」

 

大阪「今ビッグコミックスピリッツで風都探偵っていう仮面ライダーWの続編的な漫画が連載されているんですけど、尻彦さんが久しぶりに尻を誌上で披露したらしく」

 

東京「ちょっと、何言っているかわからない」

 

大阪「えーと、君沢ユウキが演じるナスカドーパントって敵役なんですが、彼が敵役のボスであるテーラードーパントの娘と結婚するときに結婚式場で披露したのが尻なんですよ」

 

東京「ますます何言っているかわからない」

 

大阪「あ、すんません。話ふっ飛ばしてました。彼が結婚式のときに式場に一人でお相手家族が待つところに入っていくんですね。で、その彼は園咲霧彦って名前なんですが、その霧彦さんが式場に入ってきたときの姿が全裸なんです」

 

東京「全裸って、それまたすごい勇気があるスタイル」

 

大阪「結婚式なんで変身用のベルトだけは離さずにつけているみたいなんですけど、きっとドーパントの正装が裸なんでしょうね。だから全裸にベルト」

 

東京「で、お相手の女性のほうは」

 

大阪「何を日曜の朝の子供番組枠に期待しているんですか!あきませんがなー。ここ結構恐いですよ。尻彦さんは生身で全裸なんですけど、他は全部怪人」

 

東京「取って食われそう」

 

大阪「全裸の男と怪人っていうね、組み合わせが全く理解できないシチュエーション!!」

 

大阪「そのシーン、霧彦さんが表から撮影されているときは、上半身だけなんですけど、画面切り替わって後ろからになった瞬間に全身が映っているっていう問題のあるシーンで」

 

大阪「後ろは全部ないので、お尻が見えちゃうっていう」

 

東京「仮面ライダーって尻の番組?」

 

大阪「んなわけ、あらへんがな!!」

 

大阪「あのシーンも、当時の子供にはトラウマだったみたいですよ~」

 

東京「で、その尻が最近また世間を賑わしていると」

 

大阪「そうなんですよ!」

 

大阪「君沢さんがこの前発売されたビッグコミックスピリッツで、なんと裸ベルトでグラビアになったらしく、ファンの間で話になりまして」

 

大阪「その話を聞いたななこさんが、どうしても気になってスピリッツ買おうか悩んだんだって」

 

東京「買おうか悩んだの?すぐに買わなかった」

 

大阪「なんでもコンビニでスピリッツ見たらしいけど、まず表紙が水着のお姉ちゃんで。

意を決して中身見たら、なんとあの尻彦さんが本当に裸ベルトで後ろ向きでドーンていて!

あ、まずいもの見てしまったかもーーーーー!ってそのまま本棚に返して買わなかったって」

 

東京「で、結局買わなかったのか」

 

大阪「それがね、その時は表紙もすぐ後のページもお姉ちゃんばかりだから、さすがにこれは買えないって」

 

東京「え、あの尻彦さんの尻のほうがまずいと思ったんではなくて?」

 

大阪「尻彦さんの尻もまずいって思ったらしいねんけどな。表紙のお姉ちゃんのほうが買うのヤバくないかなって思ったみたいよ」

 

東京「で、結局買わずじまいと」

 

大阪「それがねー、後日談があって」

 

東京「買ったの?」

 

大阪「翌日、二度とお目にかかれないから買おうと決心したらしいねんて」

 

大阪「それでな、近くのコンビニに行ったら、もう売り切れててないから、別のコンビニにはしごして」

 

大阪「何件か回ったねんて」

 

東京「で、最後には変えてめでたしと」

 

大阪「それがな、あかんねん。買えへんかったって言ってた」

 

東京「それは残念」

 

大阪「ほしいと思ったら、その場で買わないと次に巡り合えないのは特オタあるあるって言ってたわ」

 

東京「で、それで諦めたわけね」

 

大阪「そうなんだよ~。ただねこのあとまだ続きがあってなー」

 

-----------------再生停止------------------------

 

脳内垂れ流しブロガー ななこです。

 

今回、私を熱くさせたものということでオール大阪東京が面白い話するっていうんで、動画再生して転記してたら、なぜか私の話を勝手に大阪くんがしゃべってるじゃないですか!!!

 

あれは、言わないでねって言ったのに!!!!!

大阪のヤロー、正直すぎるんだってば。

 

大阪くんに全部しゃべっちゃったので、この後の話は私は知っているんですけど、ここで全部話されると恥ずかしいので、動画再生を途中で止めました。

 

が、転記した作業をムダにはしたくないのと、彼らがネタとして「私を熱くさせたもの」で漫才やるっていうんで、とりあえず再生したところまでは残しますね。

 

オール大阪東京、いい子たちなのになー。

もうちょっと面白いネタ展開してほしい。(笑)

ちなみにチャンネル登録すると、最新の情報が届くようなので、ぜひ登録お願いします♪

 

---------------制作後記----------------

 

えーと、再生動画を中断したので、その後の話は闇の中に葬ります。(笑)

 

実際熱くなったなというので書いたのですが、ここで大阪東京コンビにがんばってもらいました。

今回のタイトル「秘める禁断」ですが、仮面ライダー響鬼の中にあるタイトルから拝借しています。

 

しかし、何回siriって書いたことか。

これ警告来たらどうしよう。

 

ずっとずっとつながっている

脳内垂れ流しブロガー ななこです。

 

今回の3000文字チャレンジは、「井戸」です。

 

井戸といえば、田舎のおばあちゃんの家に井戸があると、小さい頃に母が教えてくれた。

 

田舎のおばあちゃんの家は、母の実家である。

 

おばあちゃんの家と言っているが、正確にはおじいちゃんもいた。

だが、私が小学校1年のときに亡くなった。

おじいちゃんの記憶と言ってもそれ以前のものであり、お盆休みにしか行ったことがない。

だから、覚えていることといえば、ちゃぶ台にあった飴を食べようとして、ちょっと食べ過ぎだと注意されたことや、畑の近くの土手で野蒜を摘んだことくらい。

 

一番覚えているとしたら、おじいちゃんの葬式。

おばあちゃんの家には、たくさんの人が弔問に訪れ、親族一同並んで出迎えるのだが、来たお客さんに挨拶をしていた。

 

一番前に並んでいた従兄(今は従兄がこの家を継いでいる)がお辞儀をするたびに、ネクタイがスーツからペタッと落ち、後ろに並んでいた私と同い年の従妹二人でこそこそと笑っていたのは、今も忘れない。

 

あの時はわからなかったが、畳に正座して、都度手をついてお辞儀していてネクタイが落ちるのだから、恐らくネクタイピンがなかったのだろう。

 

お辞儀の度に毎回ネクタイが落ちては直し、ネクタイが落ちては直し。

ただただお辞儀をするだけの退屈な時間としか感じられなかったから、ネクタイが落ちているのを見て時間をやり過ごすしかなかった。

 

もう順番はよく覚えていない。

火葬場では、棺がいよいよ釜に入るというときに母たちが泣いていた。

私にとっては、おじいちゃんが死んだということは理解できたが悲しいという気持ちはなかった。

 

火葬が終わるのを待っている間は、子供にとって居心地が悪い。

遊んでいいわけではなく、静かに待たなければならない。

当然、そこでは大人たちがお茶を飲んだり話をしたりしているわけだが、子供にとってお菓子だけでは間が持たない。

恐らく、1時間程度のことではあると思うのだが、その1時間が3時間以上にも感じるのだ。

 

さらには、知らない親戚、見たことがない親戚だらけである。

母が「〇〇のおじさん」といって紹介してくれるのだが、〇〇がわからない。ちなみに〇〇はその人が住んでいる地区の名前だ。

 

おじさんも「大きくなったなぁ」と言ってくれるのだが、いつ会ったのかも覚えていないくらいである。

 

おじいちゃんが亡くなってからも、お盆休みは毎年のように田舎へ遊びに行った。

従姉妹も私が行くときには遊びに来てくれて、よく3人で遊んでいた。

 

畑で収穫したトウモロコシのヒゲを取って、みんなで白いヒゲをたらしておじいちゃんになってみたり。

昼間から花火をやってみたり。

昼間の花火はパラシュートを飛ばすので、それを追いかけるのが楽しかった。

近くの「川」という名前の用水路に入って水遊びをしてみたり。

 

遊ぶのも楽しかったが、家の周りを散策するのも楽しかった。

井戸のことをすっかり忘れていたが、この井戸も家の周りを散策するついでにのぞいてみた。

 

井戸はおばあちゃんの家のあまり人が行かないような場所。実際には外風呂の奥にひっそりとある。

しかも、ここには鶏小屋もあって、鶏小屋の前に井戸があった。

鶏小屋も、今は鶏はいない。昔飼っていたそうだ。

卵が貴重だった時代はとても重宝していたらしい。

牛も飼っていたとかで、畑を耕すのにはなくてはならない存在だったようだ。

それも昔の話で、牛をどこで飼っていたのか形跡すらなかった。

使われなくなった鶏小屋の前の井戸は、かつて都会にあったような昔ながらの井戸でもなく、江戸時代の資料で見るようなものでもなかった。

確かに石は組んであったが、つるべはないし、ポンプもない。

あるのは、井戸にトタンの蓋がしてあるだけ。

井戸をのぞいてみると、水面は2メートルは先だろうか。よどんで埃だらけの水面しかなかった。

 

水道が通ってからは井戸の出番はないのだろう。

使っていない井戸には水を汲むための桶すらなかった。

 

私が遊びに行ったときには、すでに水道しか使っていなかった。

ちなみに下水はこの時点で通っていないため、トイレは全て汲み取り式である。

 

 住所に「群」と「村」と「字」までついてしまうのだから、それは当たり前のことだったのかもしれない。

しかし、従姉妹が住んでいる家もやはり汲み取り式だった。同じ県内で市であったが。

そういえば、都内に住んでいる従兄の家も汲み取り式。もしかしたら、この時は、まだ下水道普及率がそれほどでもなかったのかもしれない。

 

やがて、私が大きくなるにつれて、田舎へ遊びに行くこともなくなり、従姉妹や都内の従兄の家にも遊びに行くことがなくなった。

 

再び田舎へ行くのは、おばあちゃんが亡くなったときだった。

この時も、まだおばあちゃんの家は当時のままだった。トイレも相変わらず。むしろトイレというよりは、便所というほうが名称はふさわしいかもしれない。

私もすでに独立していて、仕事もあったためお通夜しか出られず、近隣の状況もわからないまま帰るしかなかった。

ただ唯一変わったといえば、おばあちゃんの家の前の道路の交通量だった。

昔は、私が一人で道路のど真ん中を歩いていても車が来ることなんか滅多になかったのだが、久しぶりに行ったときは、これでもかというくらい車が通りすぎることが多かった。

高速道路の出口が近くにできたのか、近くの道路を拡幅したとかで交通量が多くなったらしい。

 

信号もない道で、おばあちゃんの家はカーブしたところにあるので、見通しが悪くて大変らしかった。

従兄が車の通りが多すぎて、出庫するのが大変だと嘆いていたのをよく覚えている。

 

おばあちゃんのお通夜でもおじいちゃんのお葬式で見た親戚がたくさんいたのだけど、やっぱり誰か思い出せない。

ここでもまた「だいぶ見ないうちにすっかり大きくなって」だった。

もういい大人だったけどね。

 

母は誰が誰だかわかっているようだった。そりゃそうだ。自分が小さい頃から知っている親戚だしね。

私は祖父方も祖母方もそれぞれの兄弟関係とかがわからなくて、そのまた子供となると、もっとわからなかった。

 

いい加減年を取ると、結婚式に呼ばれるよりも不祝儀での出番が多くなる。

 

この後田舎へ行ったのは、伯父の葬式で。

家に従兄から電話がかかってきたときから、なんとなくいやだなと思っていたが、やっぱりだった。

だいたい従兄から直接電話が来ることなんて、それくらいしか理由がない。

通夜はどうするか聞かれたが、さすがに難しかったので朝一番で向かうことにした。

葬儀場までの道はどうするかと聞くが、適当にバスに乗って間に合うようにするとしか言いようがなかった。

「さすが都会もんは違うな~」と言われたのだが、実際行くまでの道程をこの時は舐めきっていた。

 

結局従兄が、従姉にお願いして、東京に住んでいる従妹(同い年)と一緒に車に乗せてもらえるよう頼んでくれると。

 

調べてみると火葬場はほぼ山の中らしかった。近くにバス停があったようだが、そこからはよくわからない道を歩いていかないといけない。

当日従姉の車に乗せてもらったので、迷うことなく火葬場についたが、バスで行こうなどとしなくてよかった。

田舎は距離のスケールが違いすぎる。普段徒歩でしか移動しない私にとって、田舎は徒歩で歩くには危険すぎた。

 

田舎の葬式は、他の風習と違って火葬後にお経をあげるというとても珍しい風習だ。

どうも、他の地域でも一般的でないらしく、この地方だけのものらしい。

おじいちゃんとのときはよく覚えていなくて、おばあちゃんのときもお通夜だけだったため、全く知らなかった。

それを知らなかったら、恐らく葬儀が始まる時間に行ったら伯父の顔を見ることなく終わっていただろう。

 

そういうわけで、私は朝早い新幹線に乗り、そのまま火葬場へ行き、最後に顔を見ることができた。

火葬場に行ったときは、すでに準備が終わっていたので、どうもぎりぎりだったよう。

火葬場はおじいちゃんのときと同じ火葬場だったと聞くのだが、広さといい待合といい、まるで別の場所のようだった。

結局このときは、おばあちゃんの家に行くことはなかった。葬儀は葬祭ホールで行ったからである。

 

最近は家ではやらずに葬祭ホールを使うのだそうだ。

このときは、近隣の住人や農協の関係者など、たくさんの人も参列していた。

葬儀後は親族だけでの会食。

ここでもやっぱり、自分が知っている人だけしかわからない。

会食も、自由席ではなく席次がある。

そのため、祭壇から順番に並んで座るのだが、席次があるため従姉妹とは遠い場所に。

兄弟の順番で席次が上座から決められているのだが、私の両隣は伯母と叔父という並び。

従姉妹は叔父より下座になるので、遠すぎるのだ。

 

さらには、喪主は最も下手になるので、従兄弟とその子供とも遠くなってしまい、この会食の時間何を話せばいいのか悩んでしまった。

 

こんな時、母がいたほうが楽だろうなと思うがそれはもう仕方ない。

いたらいたで面倒だろうし、いないならいないで大変なのだ。

 

その後再び行くのは、伯父の3回忌のときだった。

この時はホール借りてとか家ではなく、お墓で直接の読経。

この時も従姉妹と待ち合わせして、直接お寺へ。

お寺に行くのはおじいちゃんの葬式以来。

おじいちゃんのときは、伯父さんが木でできた杭のような形の墓を掘った穴に立てていたのを覚えている。

 

お寺も森の中のようなところ。

道もあるわけではなく、ただただ土。そしてお墓。

所々土が盛り上がっている箇所があり、従妹が「そこ骨が埋まっている土まんじゅうだからよけたほうがいいよ」って言ってたな。

 

2回目に来たときには、そんなものはないのか整備されたのか、墓の中でも道っぽくは全体が整理されていたけれど。

 

法事の後は、会食へ。これは葬儀ホールでだった。

これが一番困る。

また席次があるから。

今回は東京からも従兄が来てくれたのもあり、伯母もいてくれたので比較的話はできたのが幸いだった。

相変わらず、従姉妹たちは遠いままだ。そして対面に座っている親戚は、相変わらず誰かわからない。

念のため席次表は写真にとっておいたものの、わからないままだった。

わかったとしても、おじいちゃんの葬式に来ていた「〇〇のおじさん」くらいだ。

その〇〇のおじさんは、私と同じ列にいるので、そっち側なのだろう。

 

こういうときに、母に聞いておけばよかったんだろうけれど、伯父の葬式のときにはすでに母はいなかったので、どうしようもない。今も私がこの家の代表として出なくてはならないのだ。

 

今回も会食だけで解散になるのかと思ったら、叔父がおばあちゃんの家まで行こうかと誘ってくれた。

もうずっと行ってないおばあちゃんの家。

本当なら、前に行ったときにも行きたかったのだが、この機会にと行くことにした。

 

おばあちゃんの家は相変わらずだった。見た目は何も変わっていなかった。

そして従兄が嘆いていた道路だが、交通量はあまり変わらない。

 

変わったことと言えば、敷地の中に新しく家を建てたこと。

伯母の介護のために介護用のベッドを置いたり介護サービスに通いやすくするので、バリアフリーの家を新築していた。

 

 

その新しい家は、外風呂の小屋をつぶしてできたものだった。

新しく家を作るために、井戸も埋めたらしい。

埋めるときには、御祓いをしたと従兄が言っていた。

 

驚いたのは新築の家のトイレが水洗になっていたこと。

下水が通ったのかは不明だが、家にバキュームカーのホースは入れなくて済みそうだった。

そういえば、従姉妹の家も水洗になっていた。年々整備されてきたのだろうけど。

 

新築の家に上がらせてもらい、2階から古い家を眺めた。

前の家は平屋だ。

屋根瓦が一部雪崩れたかのように少し崩れていた。

 

外にはかつて使っていたと思われる風呂が置かれていた。ただ、この風呂は、どうも前の風呂小屋を壊してできたものではなさそうだった。

 

どこから持ってきたのか、もっと前からあったのか。

田舎はこういうよくわからないものが放置されていることが多く、従妹と「これどこから来たやつだ」と笑いあう。

いい加減おばさんなんだけどさ。

得体の知れないものを面白がるのは、いくつになっても変わらないのかもしれない。

 

時の流れは残酷だ。

新しいものがやってくると同時に古いものもなくしてしまう。

それがいいか悪いかはわからない。

新しくなってありがたいこともあれば、なくしてしまって戻らないものもある。

 

次におばあちゃんの家に行くときには、どんな景色が見えるのだろうか。

 

お笑いの道は厳しく、そして難しい

脳内垂れ流しブロガー ななこです。

 

今回の3000文字チャレンジは、「勝負」です。

 

今回、私が紹介するのは異色の漫才コンビ「オール大阪東京」です。

 

オール大阪東京というのは、それぞれ地下漫談師の瀬戸康二(25)と中村有一(27)の2人の漫才コンビです。

瀬戸くんは大阪出身。中村くんは東京出身。

この2人は、それぞれ大阪と東京を拠点にした地下漫談師なのですが、実際の活動は今のところまだまだ目立つ存在ではありません。

コンビを組むことになったのは、SNSで俳優や芸人などのアカウントからお互いの共通点が近かったから。

 

中村くんが瀬戸くんのアカウントを見て共通点があるのを発見して、声をかけたのがきっかけです。

中村くんも瀬戸くんもいつかメジャーデビューしようと、日々がんばっています。

それには、まず有名な師匠への弟子入りということで、中村くんは森家ポー・ピー子の付き人を目指して、現在都内の演芸場でもぎりと掃除のバイトをしています。

 

瀬戸くんは、大阪の大御所東川やすし師匠へ弟子入りするために、頼まれてもいないのに東川やすし師匠の家の周りの掃除をしています。

 

なお、やすし師匠からは、「弟子が多すぎて現在募集していない」そうですが、それでも弟子入りしたいと、毎日せっせとやすし師匠の家の周りの掃除を欠かさないどころか、さらに妻のエレナのために、彼女が出かける時間よりも前に勝手に買い物をすませ、エレナが玄関を出るやいなや「奥様、どうぞ!」と買い物袋を差し出しています。

 

エレナからは「頼んでないのに困るし、今日はその買い物じゃないのよね」と断られる日々。

 

ちなみに、中村くんと瀬戸くんの共通点ですが、二人とも「YUNONスーパーボーイコンテスト」に応募し、予選を通りベスト103に残るレベルのイケメンです。

二人とも、ベスト103まで進んだということでお互い意気投合したみたいですね。

 

さて、そんな二人ですが、俳優へは進まずなぜかお笑いの道へ。

 

イケメンがお笑いの道を目指すというまれにない進路ですが、実際お笑いの道も厳しかったようで、現在はそれぞれ地下漫談師として日々修行中。

しかも個人でやっていて、師匠もいません。

 

そんな折り、中村くんがたまたま誰かのいいねで流れてきたアカウントが瀬戸くんでした。

 

YUNONスーパーボーイコンテスト、ベスト103まで残った中村くんが同じくベスト103だった瀬戸くんに声をかけて結成された「オール大阪東京」。

彼らの漫才は、2拠点間漫才。

 

お互いの活動拠点が東京と大阪のため二人で漫才をするには、どこかで落ち合わないとできません。

 

しかし、二人ともプロでもなく日々バイトで生計を立てているため、切符代にまでお金を出せません。

 

そこで二人で考えたのが、拠点は移動せずに

オンラインで漫才をして、それをyoutubeで配信する方法。

 

そのため、中村くんも瀬戸くんも二人の都合のいい時間にネットにアクセスして、漫才を撮影し、それをほぼ編集することなくyoutubeにアップしています。

 

中村くんは、貸しスタジオや演芸場が使われてない空き時間の舞台、瀬戸くんは主に自宅アパートでの撮影です。

 

二人の漫才スタイルは、台本、筋書きなしの一発撮り。

 

「2拠点同時進行台本なし漫才」という新しいスタイルの漫才を作っています。

 

なぜ、こんなスタイルになったかというと、先にも書きましたが、二人とも移動するお金がないのと、打ち合わせするにもLINEでのやりとりも大変だからということで、台本も書かずに思い付いたことを掛け合ってみようという挑戦から始まりました。

 

二人で組んだ漫才コンビ、オール大阪東京の活動場所はyoutubeでの配信。

 

彼らは「お笑い 1本勝負!」という独自のチャンネルを作り、2拠点同時進行台本なし漫才を配信しています。

 

現在チャンネルの登録者は3人。

 

中村くん。

瀬戸くん。

私。

 

です。

 

もっと登録者を増やしたいところです。

 

今回、ぜひみなさんに彼らの笑いを知ってほしいので、登録しているチャンネルで面白い漫才を紹介します。

 

 

オール大阪東京のお笑い1本勝負!

 

オール大阪(瀬戸くん):以下大阪「どうも~、オール大阪東京でーす」

 

オール東京(中村くん):以下東京「みなさん、こんにちは~」

 

大阪「この前ね、僕、東京にロケに言ってきたんでですよ」

 

東京「大阪くん、ロケなんて仕事あるの?」

 

大阪「それがね、あるんですよ。東京のケーブルテレビから声がかかったので」

 

大阪「でね、ロケの途中でお昼ご飯食べに、うどん屋さんに入ったんですけど、たぬきを頼みましてね」

 

東京「うまかったでしょ?」

 

大阪「その前に。えらいけったいなものが出てきまして」

 

東京「けったい?」

 

大阪「僕、頼んだのたぬきですよ。た・ぬ・き」

 

東京「そりゃあ、うどん屋でねこっていうメニューはないね」

 

大阪「あほちゃうか。僕かて、うどん屋のメニューでねこなんてあると思いませんて」

 

東京「で、頼んだのはたぬきでしょ。何かおかしかった?」

 

大阪「そりゃあ、びっくりしましたよ~。だって、たぬき頼んで出てきたのが、はいからそば!」

 

東京「はいからって、あの漫画の?」

 

大阪「そりゃ、はいからさんが通るやないですか!ちゃいます。はいからそば!」

 

東京「そばが出てきて、何かおかしかった?」

 

大阪「そりゃそうですがな。たぬきって言ったら、油揚げの入ったそばですやん」

 

東京「え、たぬきって、油揚げの入ったそば?」

 

大阪「ちゃいますか?」

 

東京「こっちでは、きつねは油揚げ、たぬきは揚げ玉の入ったもので、うどんとかそばっていうのは別」

 

大阪「あー、そういうことやったんですか。なんかね、お店のおばちゃんに『たぬき』だけ言うても通じひんかって。店のおばちゃんが首傾げながら、「うどんですか?そばですか?」って聞くから、何アホなこと聞いてんやろって思いながらも「そばです」って答えたんやけど。あれって、東京ではたぬきだけ言うてもわからんかったんやね」

 

東京「まぁ、とりあえず無事食べられたと」

 

大阪「そうですね。でも東京はんも大阪来たら気ぃつけてくださいね。うどん屋入ってメニューにきつねとたぬきしかないって慌てないように」

 

東京「大丈夫。俺、そういうの適当なんで気にしないから。ねこでも犬でもなんでも食べるから」

 

大阪「東京はん、えらいグルメやな~」

 

東京「最近は、いろんなものを食べるのが流行っているらしく、どこかで昆虫食とかいうもの見たよ」

 

大阪「え、じゃあ、東京はんも虫食べたりするんですか?」

 

東京「あ、それは無理」

 

大阪「え、じゃあなんでさっき、ねこでも犬でも食べるよって言ったんですか」

 

東京「あー、あれね、だから気にしてないっていう意味でねこでも犬でもって。東京っていろんなものが集まるでしょ。だから、細かく気にしててもしょうがないっていうか。ほら、とにかく何でもあるしびっくりしてたら器がちっちゃくなっちゃうでしょ。ここは男らしくどーんと構えて!」

 

大阪「あかん!ヤバい!僕が東京はんに惚れてしまうやないですか」

 

東京「ラーメン、つけ麺、僕イケメン!」

 

大阪「誰のネタや!今回の話はうどんや!う・ど・ん!」

 

大阪「ネタがあるのに、オチはないんかい!」

 

東京「そりゃあ、ないよ。東京はツッコミ入れても大阪みたいにボケられないもん。よくある大阪人がボケているのを見て、東京人が黙っているみたいなやつ」

 

大阪「ボケられないって、開き直ってるってどういうことやねん!」

 

東京「だって、しょうがないよ~。今回のネタ、ななこさんの脳内漫才の展開だから」

 

大阪「え、こんなにあれこれ言うておいて」

 

東京「そう。俺たちフィクション」

 

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制作後記。

 

勝負で考えたときに大阪VS東京みたいなことを展開しようかと思ったのですが、小ネタが少なくて。

 

間に名古屋を挟もうかと思いましたが、名古屋のネタがなかったので挟めませんでした。

 

元々は関西弁で記事を書いてみたいというのが発端だったのですが、考えたうえに3回転くらいしてしまったのが、今回のテーマです。

 

さらには漫才の中で大阪VS東京ネタをやろうと思って、漫才形式を思いついたのですが、書いているうちに道に迷ったような展開を起こしました。

 

オチを作る前に書き始めてしまい、どうにもこうにも落としどころを作れないので、やっぱり無策感が出ています。

 

二人の登場人物は、仮面ライダーキバ仮面ライダーゼロノスの外の人がモチーフになっています。(笑)